- 毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
-
| 09:30~ |
教会学校 |
乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に |
| 10:30~ |
主日礼拝 |
賛美、聖書のメッセージなど |
| 19:00~ |
夕拝 |
朝の礼拝には時間が合わない方のために |
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2005年09月11日
主日礼拝「宣教の報酬」
10:15より、主日礼拝 が行われました。
- 聖書
- 詩篇126篇
- 説教題
- 宣教の報酬
- 説教者
- 加藤郁生師
- 出席者数
- 69人
聖書: 詩篇126章1-6節 (中心聖句は5節) 口語訳
- 1
- 主がシオンの繁栄を回復されたとき、われらは夢みる者のようであった。
- 2
- その時われらの口は笑いで満たされ、われらの舌は喜びの声で満たされた。その時「主は彼らのために大いなる事をなされた」と言った者が、もろもろの国民の中にあった。
- 3
- 主はわれらのために大いなる事をなされたので、われらは喜んだ。
- 4
- 主よ、どうか、われらの繁栄を、ネゲブの川のように回復してください。
- 5
- 涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
- 6
- 種を携え、涙を流して出て行く者は、束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるであろう。
礼拝メッセージの要約
「宣教の報酬」
加藤郁生師
涙をもって種まく者は、喜びの声をもって刈り取る。
これは、わたしたちの福音宣教の法則です。
種まきが無ければ刈り取りはありません。
そして種まきは涙を伴うものなのです。
しかし私たちが倦まずたゆまずみ言葉の種をまくならば、
必ず主はわたしたちの労に報いてくださり祝福してくださるのです。
魂の救いという刈り取り
種まきによって主のみ救いにあずかる人がおこされます。
最初は神様を知らない、受け入れない、時には反対するような人であったとしても、
やがて心を開いてキリストを信じて受け入れる時が来るのです。
それは神様にとって、わたしたちにとって、喜びの刈り取りの時です。
教会の祝福という刈り取り
わたしたちが宣教のヴィジョンをしっかりともって種をまきつづけるならば、
必ず神様は喜びの束を携えることの出来る教会にしてくださいます。
神様はわたしたちに新しいことをしてくださいます。
それは、荒野に川を流れさせるような主の大いなるみわざです。
福音宣教にいそしむ教会は主の豊かな祝福にあずかるのです。
天上の大いなる報いの刈り取り
わたしたちの宣教の奉仕は地上の一時的なものではなく、
永遠の御国、天上の報いへと続きます。
ですから主にあって、わたしたちの労苦はけっしてむだになることはありません。
イエス様も「人の子は父の栄光のうちに、御使いたちを従えて来るが、
その時には、実際のおこないに応じて、それぞれに報いるであろう」とお約束くださいました。
わたしたちも主のお約束を信じて、福音宣教の尊い使命を全とうさせていただきましょう。
09:30より、教会学校 が行われました。
- テーマ
- 偉大な招き
- みことば
- マタイによる福音書11章28節
- 出席者数
- 12人(子どものみ集計)
午後より、CS教師会、青年会(交わり会)、卓球のレクレーション が行われました。
19:00より、夕拝 が行われました。
- 出席者数
- 10人
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