毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2005年10月02日

主日礼拝「土の器の中に働く神の力」

10:15より、主日礼拝 が行われました。

聖書
コリント人への第二の手紙4章7-12節
説教題
土の器の中に働く神の力
説教者
加藤郁生師
出席者数
59人

聖書: コリント人への第二の手紙4章7-12節 (中心聖句は7節) 口語訳

7
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
8
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。
9
迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。
10
いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。
11
わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。
12
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。

礼拝メッセージの要約 「土の器の中に働く神の力」 加藤郁生師

パウロは言いました。

しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。 その測り知れない力は神のものであって、 わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。

人間は土の器です。 神様から造られた被造物です。 このことはわたしたちを謙遜にし、わたしたちに平安を与えます。

しかし人間はついつい自分が土の器であることを忘れ、 分不相応のことをしてしまいます。 そして疲れ弱り、つまずきます。 ですからわたしたちは、 自分が陶器師たる神様の手にある土の器たることを忘れてはならないのです。

そして土の器たるわたしたちが覚えるべき、 もうひとつのことがあります。 それは、わたしたちという卑しい土の器の中に、 素晴らしい宝がもられているということです。 それではその宝とはいったいなんでしょうか?

それは他ならぬイエス・キリスト様です。 この宝たるキリストは、確かにわたしたちの内に生きておられます。 そしてわたしたちのような卑しい体の中で輝いてくださり、 計り知れない力をもって働いてくださるのです。

このように、 わたしたちの内にキリストが生きておられることを知ることが出来るとは、 何と素晴らしいことでしょう。

人は宝を得るならば、喜びます。 わたしたちはこの世の朽ちる宝ではなく、永遠の宝たるキリストをいただいているのです。 心から喜び主を讃えつつ、歩んでまいりましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
嵐を静める
みことば
マルコによる福音書4章39節
出席者数
10人(子どものみ集計)

午後より、教会役員会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
7人

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