毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2006年01月01日

礼拝へのインヴィティション

10:30より、元旦礼拝 が行われました。

説教者
加藤郁生師
聖書
マタイによる福音書5章1-16節
説教題
礼拝へのインヴィティション
出席者数
57人

聖書: マタイによる福音書5章1-16節 (中心聖句は3節) 口語訳

1
イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。
2
そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。
3
「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
4
悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。
5
柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。
6
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。
7
あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。
8
心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。
9
平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。
10
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
11
わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
12
喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
13
あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。
14
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
15
また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
16
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

「こころの貧しい人たちは、さいわいである」

“こころの貧しい人たち”とは誰でしょう? それは、心へりくだってイエス様を求める者です。 イエス様は彼らを、両手を広げて招いてくださっています。 ゆえにかれらは「さいわい」なのです。

「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」

わたしたちは、悲しみをいっぱい抱えて生きています。 それら悲しみも、イエス様の前に出ることでいやされます。 主はわたしたちの悲しみの涙を、ご自分のみ手をもってぬぐい取ってくださるお方だからです。

「義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。」

わたしたちが自分の義ではなく、神の義を求めるならば、 イエスさまのみもとこそ、わたしたちが行くべき場所です。 そこに十字架のゆるしがあり、神の義があるのです。

イエス様は、わたしたちを礼拝に招いておられるのです。 わたたちも心貧しくして、主のみもとにいこいましょう。

その他の集会・活動について

本日は、教会学校と夕拝は休会でした。

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