2006年01月01日
礼拝へのインヴィティション
10:30より、元旦礼拝 が行われました。
- 説教者
- 加藤郁生師
- 聖書
- マタイによる福音書5章1-16節
- 説教題
- 礼拝へのインヴィティション
- 出席者数
- 57人
聖書: マタイによる福音書5章1-16節 (中心聖句は3節) 口語訳
- 1
- イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。
- 2
- そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。
- 3
- 「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
- 4
- 悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。
- 5
- 柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。
- 6
- 義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。
- 7
- あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。
- 8
- 心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。
- 9
- 平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。
- 10
- 義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
- 11
- わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。
- 12
- 喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
- 13
- あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。
- 14
- あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
- 15
- また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
- 16
- そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
「こころの貧しい人たちは、さいわいである」
“こころの貧しい人たち”とは誰でしょう? それは、心へりくだってイエス様を求める者です。 イエス様は彼らを、両手を広げて招いてくださっています。 ゆえにかれらは「さいわい」なのです。
「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」
わたしたちは、悲しみをいっぱい抱えて生きています。 それら悲しみも、イエス様の前に出ることでいやされます。 主はわたしたちの悲しみの涙を、ご自分のみ手をもってぬぐい取ってくださるお方だからです。
「義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。」
わたしたちが自分の義ではなく、神の義を求めるならば、 イエスさまのみもとこそ、わたしたちが行くべき場所です。 そこに十字架のゆるしがあり、神の義があるのです。
イエス様は、わたしたちを礼拝に招いておられるのです。 わたたちも心貧しくして、主のみもとにいこいましょう。
その他の集会・活動について
本日は、教会学校と夕拝は休会でした。


