- 毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
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教会学校 |
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| 10:30~ |
主日礼拝 |
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2006年03月26日
10:30より、主日礼拝 が行われました。
- 聖書
- マルコによる福音書16章14-20節
- 説教題
- 派遣の声を聞く礼拝者
- 説教者
- 加藤郁生師
- 出席者数
- 69人
聖書: マルコによる福音書16章14-20節 (中心聖句は15節) 口語訳
- 14
- その後、イエスは十一弟子が食卓についているところに現れ、彼らの不信仰と、心のかたくななことをお責めになった。彼らは、よみがえられたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。
- 15
- そして彼らに言われた、「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。
- 16
- 信じてバプテスマを受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。
- 17
- 信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、
- 18
- へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。
- 19
- 主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。
- 20
- 弟子たちは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。〕
礼拝メッセージの要約
「派遣の声を聞く礼拝者」
加藤郁生師
豊かな礼拝のプログラムの中で、
最後に置かれているのが祝祷です。
祝祷は、単に礼拝の終わりを告げるものではありません。
祝祷、それは、
神さまの祝福の宣言です。
礼拝におけるわたしたちの喜びは、神さまの祝福のみ声を聞くことです。
わたしたちが弱っている時、疲れている時、
礼拝の席で説教を聞き励まされます。
そして最後に、変らぬ神さまの祝福の宣言を受けるのです。
わたしたちの1週間は、この主の祝福から始まります。
わたしたちは安心して、主の祝福を支えにして、
ここから歩みだすことが出来るのです。
神さまの派遣の宣言です。
復活の主は天に昇られる前に、
弟子たちに宣教の命令をお与えになりました。
そして、祝祷を加えられたのです。
今わたしたちも礼拝において福音を聞き、
臨在の主の宣教の使命にあずかっています。
わたしたちも祝祷の宣教の派遣の声を聞き、
福音をたずさえてこの世に遣わされていくのです。
願わくば、われらの主イエス・キリストの恵み、
父なる神様のご愛、ご聖霊様の交わりがあなたがたと共にあるように。
わたしたちもこの恵みの祝祷をいただいて、
祝福と派遣の声に励まされて歩んでまいりましょう。
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2006年03月19日
10:30より、主日礼拝 が行われました。
- 聖書
- マルコによる福音書14章1-9節
- 説教題
- 献げることの恵みに生きる信仰者
- 説教者
- 加藤郁生師
- 出席者数
- 68人
聖書: マルコによる福音書14章1-9節 (中心聖句は8節) 口語訳
- 1
- さて、過越と除酵との祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、策略をもってイエスを捕えたうえ、なんとかして殺そうと計っていた。
- 2
- 彼らは、「祭の間はいけない。民衆が騒ぎを起すかも知れない」と言っていた。
- 3
- イエスがベタニヤで、重い皮膚病の人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。
- 4
- すると、ある人々が憤って互に言った、「なんのために香油をこんなにむだにするのか。
- 5
- この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。そして女をきびしくとがめた。
- 6
- するとイエスは言われた、「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ。
- 7
- 貧しい人たちはいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときにはいつでも、よい事をしてやれる。しかし、わたしはあなたがたといつも一緒にいるわけではない。
- 8
- この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。
- 9
- よく聞きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」。
礼拝メッセージの要約
「献げることの恵みに生きる信仰者」
加藤郁生師
礼拝のプログラムの中で、わたしたちは神様との交わりを体験します。
献金はその大切な一つです。
わたしたちは献金を通して、
神さまにこの身を献げるという信仰のスピリットを学ぶのです。
香油を献げた女に見る献身のスピリット
イエス様が十字架のご苦難を受ける前に、
一人の女がイエス様に香油を献げました。
このことを一番喜んでくださったのはイエス様でした。
わたしによい事をしてくれたのだ。
この女はできる限りの事をしたのだ。
と女の行為をお認めになりました。
この女のスピリットは、わたしたちの礼拝の模範です。
わたしたちも自らを主に、
真心から献げるスピリットをいただきたいのです。
献金は備えをもって
わたしたちが具体的に献金について心得ることの一つは、
献金を備えてお献げすることです。
献金は、わたしたちの献身の応答のクライマックスです。
行き当たりばったりではなく、備えて主の前に献げものをもって立ちます。
わたしたちがそのように備えて心を整えることの中に、
わたしたちの主を愛する信仰が強められ、
喜びと感謝に満たされるのです。
あなたがたのからだを、
神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげななさい。
それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。
(ローマ人への手紙12章1節b)
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2006年03月12日
10:30より、主日礼拝 が行われました。
- 聖書
- マタイによる福音書4章1-11節
- 説教題
- み言葉によって生かされる信仰者
- 説教者
- 加藤郁生師
- 出席者数
- 61人
聖書: マタイによる福音書4章1-11節 (中心聖句は4節) 口語訳
- 1
- さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。
- 2
- そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。
- 3
- すると試みる者がきて言った、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」。
- 4
- イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
- 5
- それから悪魔は、イエスを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて
- 6
- 言った、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりてごらんなさい。『神はあなたのために御使たちにお命じになると、あなたの足が石に打ちつけられないように、彼らはあなたを手でささえるであろう』と書いてありますから」。
- 7
- イエスは彼に言われた、「『主なるあなたの神を試みてはならない』とまた書いてある」。
- 8
- 次に悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々とその栄華とを見せて
- 9
- 言った、「もしあなたが、ひれ伏してわたしを拝むなら、これらのものを皆あなたにあげましょう」。
- 10
- するとイエスは彼に言われた、「サタンよ、退け。『主なるあなたの神を拝し、ただ神にのみ仕えよ』と書いてある」。
- 11
- そこで、悪魔はイエスを離れ去り、そして、御使たちがみもとにきて仕えた。
礼拝メッセージの要約
「み言葉によって生かされる信仰者」
加藤郁生師
人はパンだけで生きるものではなく、
神の口から出る一つ一つの言で生きるものである。
わたしたちは、み言葉によって生かされる信仰者です。
み言葉は神様の語りかけですが、
神は主の日の礼拝において講壇から説教者を用いて語りかけてくださいます。
このみ言葉は、
救いの言葉です
十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、
救にあずかるわたしたちには、神の力である。
わたしたちは講壇から、
十字架の救いの福音を告げる神様の語りかけを聞きます。
それはわたしたちを真の救いと永遠の命に至らせる命の言葉です。
慰めの言葉です
わたしたちはこの世に試練や困難の中で傷つき、弱り、疲れ、悲しみます。
しかし講壇からのみ言葉によってわたしたちは慰められ、
いやされ、強められ、立ち上がることができます。
わたしたちが弱りつかれた時、み言葉によっていやされることが大事です。
み言葉には魂をいやす力があるのです。
希望の言葉です
わたしたちがキリストを信じ、み言葉により頼む時に、
希望が失望に終わることは決してありません。
死人をよみがえらせたくださる主は、
わたしたちに復活の究極の希望を与えてくださいます。
死もこの世のどんな被造物も、
キリスト・イエスにおける神の愛からわたしたちを引き離すことはできないのです。
ですから、
主のみ言葉をしっかりと握って希望を持って歩む者とさせていただきましょう。
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2006年03月05日
10:30より、主日礼拝 が行われました。
- 聖書
- 使徒行伝2章36-42節
- 説教題
- 信仰者の礼拝習慣
- 説教者
- 加藤郁生師
- 出席者数
- 72人
聖書: 使徒行伝2章36-42節 (中心聖句は42節) 口語訳
- 36
- だから、イスラエルの全家は、この事をしかと知っておくがよい。あなたがたが十字架につけたこのイエスを、神は、主またキリストとしてお立てになったのである」。
- 37
- 人々はこれを聞いて、強く心を刺され、ペテロやほかの使徒たちに、「兄弟たちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言った。
- 38
- すると、ペテロが答えた、「悔い改めなさい。そして、あなたがたひとりびとりが罪のゆるしを得るために、イエス・キリストの名によって、バプテスマを受けなさい。そうすれば、あなたがたは聖霊の賜物を受けるであろう。
- 39
- この約束は、われらの主なる神の召しにあずかるすべての者、すなわちあなたがたと、あなたがたの子らと、遠くの者一同とに、与えられているものである」。
- 40
- ペテロは、ほかになお多くの言葉であかしをなし、人々に「この曲った時代から救われよ」と言って勧めた。
- 41
- そこで、彼の勧めの言葉を受けいれた者たちは、バプテスマを受けたが、その日、仲間に加わったものが三千人ほどあった。
- 42
- そして一同はひたすら、使徒たちの教を守り、信徒の交わりをなし、共にパンをさき、祈をしていた。
礼拝メッセージの要約
「信仰者の礼拝習慣」
加藤郁生師
わたしたちの健康のためには、
毎日の生活習慣が大切だと言われています。
ですけれどもわたしたちの信仰のためにも、
毎日の生活の積み重ねが大切なのです。
この意味でわたしたちの“信仰の生活習慣”というものがありますが、
その核となるのが週の初めの礼拝です。
わたしたちは礼拝を通して大切なことを学びます。
わたしたちは礼拝を通して神さまと交わる方法を学びます。
礼拝はキリストによって救われたわたしたちが、
神さまとお交わりをする方法を学ぶ場です。
わたしたちは以前は神さまを知りませんでした。
しかし、礼拝の中の賛美や祈祷や説教といったプログラムを通して、
神さまと交わる方法を体験するのです。
「習うよう慣れろ」と言う言葉がありますが、
礼拝によってわたしたちが自然に神さまと交わるをすることが
できるように導かれます。
神さまはわたしたちのために備えをしてくださっているのです。
わたしたちは礼拝を通して神さまに仕える姿勢を学びます。
礼拝と言う言葉は「サーヴィス」、
すなわち「奉仕」という意味があります。
わたしたちは礼拝のプログラムを通して神さまに仕える姿勢を学ぶのです。
真剣に献げられる賛美、献金、
あるいは各自に与えられている役割、祈祷、受付、司会等、
それらは貴重な奉仕の体験です。
この奉仕の姿勢が身についてまいります時に、
わたしたちの信仰が作られ、
神様を愛する生き方を身につけることが出来るのです。
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