毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
集会の詳しいご案内 | 教会へのアクセス

2006年05月28日

主日礼拝「愛し愛されるクリスチャン」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネによる福音書15章8-11節
説教題
愛し愛されるクリスチャン
説教者
加藤郁生師
出席者数
62人

本日の礼拝は、船田武雄師(京都聖徒教会) がメッセージのご奉仕をされました。

近くの教会の、古くからの牧師先生ですが、 こちらの教会まで歩いてこられたとのことで、大変にお元気そうです。

穏やかな語り口の中にも、以前の大病のお証しなどを交え、 神様の恵みの数々を大いに語っていただき、感謝でした。

写真1 近くの先生ですが、お忙しい先生ですので、メッセージを久しぶりに聞いた方も多かったようです。写真2 優しい笑顔で、語りかけてくださいました。

(本日分の礼拝メッセージの要約はございません)

Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年05月21日

主日礼拝「平和と希望に生きる信仰者」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ローマ人への手紙5章1-11節
説教題
平和と希望に生きる信仰者
説教者
加藤郁生師
出席者数
70人

聖書: ローマ人への手紙5章1-11節 (中心聖句は1節) 口語訳

1
このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。
2
わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。
3
それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、
4
忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。
5
そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。
6
わたしたちがまだ弱かったころ、キリストは、時いたって、不信心な者たちのために死んで下さったのである。
7
正しい人のために死ぬ者は、ほとんどいないであろう。善人のためには、進んで死ぬ者もあるいはいるであろう。
8
しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。
9
わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。
10
もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。
11
そればかりではなく、わたしたちは、今や和解を得させて下さったわたしたちの主イエス・キリストによって、神を喜ぶのである。

礼拝メッセージの要約 「平和と希望に生きる信仰者」 加藤郁生師

パウロは、義を求めるパリサイ人でした。 自分の力で、良い行いによって、義を追い求めました。 いつしか律法に熱心なあまり、 クリスチャンを迫害することに熱中するようになりました。

しかしダマスコ途上で復活の主に出会い、パウロの人生は一変しました。 行いによって義を求める者から、 十字架にかけられたイエス・キリストを信じる信仰によって救われたのです。

この救いは、わたしたちにも与えられています。 そしてわたしたちはこの救いによって、

  1. 神に対して平和を得る者となります

    人間は罪によって神との関係を破壊し、 神の怒りを身につむものとなりました。 しかしキリストの血はわたしたちを神と和解させ、 わたしたちに神とのまことの平和をもたらしたのです。

    この神に対する平和の内に歩む者は幸いです。 わたしたちはこの恵みに入れられているのです。

  2. 神の栄光に預かる希望をもって喜びます

    「義とされたものはよみがえることができる」。 これはユダヤ人の信仰でしたが、 キリストの血によって義とされた者こそ 真によみがえりの命をいただく者とされています。

    わたしたちは終わりの時に 栄光の姿に変えられよみがえることを待ち望みつつ、 希望をもって生きる者とされているのです。

ですからわたしたちは、 平和と希望に生きるクリスチャンとして、 神さまに従って歩む者とさせていただきましょう。

また、主日礼拝では 特別賛美 として、 青年会、中高科、ブレスによる「いつくしみ深き(新聖歌209)」の賛美がありました。

写真1 総勢11人の方が、賛美に加わりました。賑わいを感じます。写真2 ギター伴奏者は3人で、そのうち2人は十代の方です。
写真3 皆さんがよく知っている曲だけあって、会衆の皆さんも熱心に聴いていました。
Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年05月14日

主日礼拝「よみがえりの力に生きる信仰者」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
コリント人への第二の手紙4章7-18節
説教題
よみがえりの力に生きる信仰者
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: コリント人への第二の手紙4章7-18節 (中心聖句は16節) 口語訳

7
しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。
8
わたしたちは、四方から患難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰まらない。
9
迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。
10
いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。
11
わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。
12
こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。
13
「わたしは信じた。それゆえに語った」としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じている。それゆえに語るのである。
14
それは、主イエスをよみがえらせたかたが、わたしたちをもイエスと共によみがえらせ、そして、あなたがたと共にみまえに立たせて下さることを、知っているからである。
15
すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。
16
だから、わたしたちは落胆しない。たといわたしたちの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく。
17
なぜなら、このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。
18
わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。

礼拝メッセージの要約 「よみがえりの力に生きる信仰者」 加藤郁生師

パウロは、キリストの復活を福音のメッセージの中心としてとらえていました。 ユダヤ人やパリサイ人が待ち望んでいた復活は、 キリストの出来事からこの世にはじまりました。 そして、キリストを信じるわたしたちの内にも、 すでによみがえりの命に生きる生活が与えられているのです。

その生活とは、

  1. 四方から患難を受けても窮しない(8節)

    窮するとは「クラッシュ(押しつぶす、ぺちゃんこにする)」という言葉が当てられています。 わたしたちは四方からどんなに患難を受けても、決して押しつぶされません。

  2. 途方にくれても行き詰らない(8節)

    わたしたちは途方にくれます。 ですけれども、それで行き詰ることはありません。 主は必ず逃れる道を備えておられます。 それを信じるのが、よみがえりの命に生きる信仰者です。

  3. 迫害にあっても見捨てられない

    キリストを信じるなら迫害もあります。 ですけれども、キリストのゆえに受ける迫害は栄光の道です。 主は十字架を背負う者を、決して見捨てることはありません。

  4. 倒されても滅びない

    わたしたちは弱り倒れます。 しかし滅びません。 復活の主は、わたしたちを一切の滅びの縄目より解放してくださったのです。

  5. 落胆しない

    よみがえりのいのちにあずかるわたしたちですから、決して落胆しません。 わたしたちには見上げるべきお方がおられます。 それは眠っている者の初穂として、よみがえってくださった復活の主です。 このお方が、わたしたちに勝利を与えてくださるのです。

また、主日礼拝では 母の日 の感謝として、 教会学校のみなさんより婦人の方々にプレゼントがありました。

写真1 あらかじめみんなで手分けして、ポプリ袋などを作りました。写真2 代表がひとこと、感謝を言ってから皆さんに配りました。
Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年05月10日

教会堂外壁と屋根の修復工事

5月10日より、長らく懸念となっていました教会堂の外壁と屋根の修復工事が開始されました。約2週間の工期で、壁のシーリングなどが補強されます。

これらの工事を通して、より長く、より有効にこの教会堂が用いられるようにと願っています。

工事の間、教会堂裏の駐車場がやや手狭になり、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

写真1 工事が出来たところには、このように「コーキングうちたて」の紙が貼られています。写真2 このように外壁に足場を組んでの工事です。

また先日、会堂内の小講壇が新調されました。 おもに祈祷会や教会学校で用いられます。

与えてくださった神様に感謝します。

写真1 きれいな色合いの木材で出来た講壇です。

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年05月07日

主日礼拝「喜びの宴~復活と臨在の主と共に」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ルカによる福音書24章13-32節
説教題
喜びの宴~復活と臨在の主と共に
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: ルカによる福音書24章13-32節 (中心聖句は30-31節) 口語訳

13
この日、ふたりの弟子が、エルサレムから七マイルばかり離れたエマオという村へ行きながら、
14
このいっさいの出来事について互に語り合っていた。
15
語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた。
16
しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることができなかった。
17
イエスは彼らに言われた、「歩きながら互に語り合っているその話は、なんのことなのか」。彼らは悲しそうな顔をして立ちどまった。
18
そのひとりのクレオパという者が、答えて言った、「あなたはエルサレムに泊まっていながら、あなただけが、この都でこのごろ起ったことをご存じないのですか」。
19
「それは、どんなことか」と言われると、彼らは言った、「ナザレのイエスのことです。あのかたは、神とすべての民衆との前で、わざにも言葉にも力ある預言者でしたが、
20
祭司長たちや役人たちが、死刑に処するために引き渡し、十字架につけたのです。
21
わたしたちは、イスラエルを救うのはこの人であろうと、望みをかけていました。しかもその上に、この事が起ってから、きょうが三日目なのです。
22
ところが、わたしたちの仲間である数人の女が、わたしたちを驚かせました。というのは、彼らが朝早く墓に行きますと、
23
イエスのからだが見当らないので、帰ってきましたが、そのとき御使が現れて、『イエスは生きておられる』と告げたと申すのです。
24
それで、わたしたちの仲間が数人、墓に行って見ますと、果して女たちが言ったとおりで、イエスは見当りませんでした」。
25
そこでイエスが言われた、「ああ、愚かで心のにぶいため、預言者たちが説いたすべての事を信じられない者たちよ。
26
キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」。
27
こう言って、モーセやすべての預言者からはじめて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを、説きあかされた。
28
それから、彼らは行こうとしていた村に近づいたが、イエスがなお先へ進み行かれる様子であった。
29
そこで、しいて引き止めて言った、「わたしたちと一緒にお泊まり下さい。もう夕暮になっており、日もはや傾いています」。イエスは、彼らと共に泊まるために、家にはいられた。
30
一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福してさき、彼らに渡しておられるうちに、
31
彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。すると、み姿が見えなくなった。
32
彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」。

礼拝メッセージの要約 「立ち上がる者として」 加藤郁生師

エマオ途上で復活のイエス様と出会った弟子たちは、 村で主と、食を共にしました。 そこで示されたことは、

  1. この食卓の主は、復活の主ご自身でした。

    弟子たちは、それがイエス様とは知らずに食卓に招きました。 しかし食卓の主としてパンを裂いたのは、 弟子たちではなくイエス様の方でした。 イエス様こそが食卓の主でした。 そしてそれは、今も変りません。 わたしたちも共に、復活の主の交わりに招かれているのです。

  2. 弟子たちは目が開かれました。

    主がパンを裂き、祝福して弟子たちに渡したちょうどその時、 弟子たちの目が開かれ、復活の主を認めることができました。 主は、わたしたちの目を開いてくださるお方です。 わたしたちの目が開かれた時、 わたしたちは確かに復活の主が今も共にいてくださり、 主が与えてくださったみ言葉が真実であることを悟り、 心燃やされるのです。

エマオ途上の弟子たちがあずかることのできた復活の主との食卓は、 喜びの宴となりました。 わたしたちも、この恵みにあずかりまししょう。

また、主日礼拝では 会衆賛美 として、 ブレスのリードにより「キリストには代えられません(新聖歌428)」を賛美しました。

写真1 いつものように、二人が息の合った伴奏を聴かせてくれます。写真2 作者(George Beverly Shea) の紹介も交えながら、リードしていただきました。

主日礼拝に引き続いて、教会決算総会 も行われました。

出席者数
43人
委任状提出者数
11人
写真1 教会の教勢、行事、会計などについて報告がなされました。写真2 今年は特に質疑もなく、各議案が議決されました。
Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks