- 毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
-
| 09:30~ |
教会学校 |
乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に |
| 10:30~ |
主日礼拝 |
賛美、聖書のメッセージなど |
| 19:00~ |
夕拝 |
朝の礼拝には時間が合わない方のために |
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2006年06月25日
主日礼拝「神の知恵と人の知恵」
10:30より、主日礼拝 が行われました。
- 聖書
- コリント人への第一の手紙1章18-25節
- 説教題
- 神の知恵と人の知恵
- 説教者
- 加藤郁生師
- 出席者数
- 72人
聖書: コリント人への第一の手紙1章18-25節 (中心聖句は18節) 口語訳
- 18
- 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
- 19
- すなわち、聖書に、「わたしは知者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしいものにする」と書いてある。
- 20
- 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。
- 21
- この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
- 22
- ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。
- 23
- しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、
- 24
- 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。
- 25
- 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからである。
礼拝メッセージの要約
「神の知恵と人の知恵」
加藤郁生師
パウロは、人の知恵と神の知恵について語りました。
人の知恵
人は自分の知恵を誇ります。
しかし人の知恵によって人は神を認めには、至りません。
なぜなら、神はこの世の知恵を愚かにされているからです。
そのことを知らずにこの世の知恵を求め神に達しようとして、
ごうまんになる人間は愚かです。
神の知恵
この世の知恵を愚かにされた神の知恵は、
宣教によってあらわされました。
神の知恵は、十字架の言によって示されています。
ユダヤ人はしるしを求め、ギリシャ人は知恵を求めました。
しかし神は十字架の言葉の中にご自身の究極の知恵たる救いの真理を明らかにされたのです。
宣教の愚かさに徹する
神は、宣教の愚かさによって人を救うことにされました。
現代の合理的、効率的なものの考えになじんだ人々は、
十字架を愚かな行為とみなし、また教会によって語られる福音を軽んじます。
しかしわたしたちは、十字架の宣教の愚かさに徹したいと思います。
主が一人の魂を愛して命をさしだしてくださった十字架こそ、
わたしたちにとっての真の喜びであり希望だからです。
09:30より、教会学校 が行われました。
- テーマ
- 教会誕生
- みことば
- 使徒行伝2章42節
- 出席者数
- 11人(子どものみ集計)
午後より、映画を観る集まり が行われました。
19:00より、夕拝 が行われました。
- 出席者数
- 4人
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