毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
集会の詳しいご案内 | 教会へのアクセス

2006年10月01日

主日礼拝「祈りの共同体としての教会」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
マタイによる福音書18章15-20節
説教題
祈りの共同体としての教会
説教者
加藤郁生師
出席者数
61人

聖書: マタイによる福音書18章15-20節 (中心聖句は19-20節) 口語訳

15
もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。
16
もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたりまたは三人の証人の口によって、すべてのことがらが確かめられるためである。
17
もし彼らの言うことを聞かないなら、教会に申し出なさい。もし教会の言うことも聞かないなら、その人を異邦人または取税人同様に扱いなさい。
18
よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。
19
また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
20
ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

礼拝メッセージの要約 「祈りの共同体としての教会」 加藤郁生師

もしあなたがたのうちのふたりが、 どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、 天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。

ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、 わたしもその中にいるのである。

イエス様の祈りについてのお言葉です。 ここで、祈りの共同体であるわたしたちが知ることは、以下の通りです。

  1. 心合わせて祈る

    主はどんな願い事についても、 地上で「心合わせるなら」かなえてくださることを約束されました。 ですからわたしたちは、互いに心を一つにして祈り求めたいと思います。

    わたしたちの心が一つとされるためには、 御霊の一致、信仰の一致、ヴィジョンの一致が必要です。 たがいにキリストにあって愛しあい、ゆるしあい、支えあう共同体の中にこそ、 心合わせる祈りが生まれるのです。

  2. 主の御臨在のもとに祈る

    主は、わたし(イエス・キリスト)の名によって集まっている所にいると、 おっしゃいました。 わたしたちが共に祈る所に、必ず主は御臨在くださるのです。 これはわたしたちにとって、最も大きな恵みであり、力です。

    わたしたちが祈る祈りの席に、イエス様が共にいてくださる。 わたしたちの祈る祈りに、主が耳を傾けてくださる。 わたしたちは、この絶対的な御臨在の主への信頼をもって、 祈っていきたいと思います。

Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年09月24日

主日礼拝「信仰の共同体としての教会」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
マタイによる福音書16章13-20節
説教題
信仰の共同体としての教会
説教者
加藤郁生師
出席者数
68人

聖書: マタイによる福音書16章13-20節 (中心聖句は18節) 口語訳

13
イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
14
彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
15
そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
16
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
17
すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
18
そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。
19
わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。
20
そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められた。

礼拝メッセージの要約 「信仰の共同体としての教会」 加藤郁生師

シモン・ペテロが「あなたこそ、生ける神の子キリストです」と答えた時、 イエスは 「あなたはペテロである。 そして、わたしはこの岩(ペテロ)の上にわたしの教会を建てよう。 黄泉の力もそれに打ち勝つことはない」 と言われました。

イエス様はペテロの何に、 教会を建てると言われたのでしょうか?

それはペテロが言い表わした信仰ではないでしょうか。 自分の存在を賭けて、イエスは神の子であること、キリスト=メシヤ(救い主)であること を言い表わしたペテロの信仰を礎として、 主はご自身の教会を、神の教会を建て上げてくださるのです。

しかし、間違ってはならないのは、 わたしたちに与えられている信仰が優れているから、主はわたしたちを教の岩としてくださっている のではないのです。

むしろわたしたちの信仰は不完全で弱いものです。 そのことをイエス様はよくご存知の上で、そのわたしたちの信仰を岩としてくださって、 ご自身の体なる教会を建て上げてくださるのです。

わたしたちの教会は信仰の共同体です。 わたしたちはイエス・キリストを信じる信仰を通して固く結びつき、 共に永遠の命に向って生き抜く、信仰の共同体なのです。

Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年09月17日

主日礼拝「一番大切なこと」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ルカによる福音書10章38-42節
説教題
一番大切なこと
説教者
加藤郁生師
出席者数
63人

聖書: ルカによる福音書10章38-42節 (中心聖句は42節) 口語訳

38
一同が旅を続けているうちに、イエスがある村へはいられた。するとマルタという名の女がイエスを家に迎え入れた。
39
この女にマリヤという妹がいたが、主の足もとにすわって、御言に聞き入っていた。
40
ところが、マルタは接待のことで忙がしくて心をとりみだし、イエスのところにきて言った、「主よ、妹がわたしだけに接待をさせているのを、なんともお思いになりませんか。わたしの手伝いをするように妹におっしゃってください」。
41
主は答えて言われた、「マルタよ、マルタよ、あなたは多くのことに心を配って思いわずらっている。
42
しかし、無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。マリヤはその良い方を選んだのだ。そしてそれは、彼女から取り去ってはならないものである」。

礼拝メッセージの要約 「一番大切なこと」 加藤郁生師

ベタニヤの姉妹マルタ、マリヤのもとを、イエス様は訪れました。

マルタは接待忙しくし、マリヤはイエス様の足もとでみ言葉に聞き入りました。

忙しさの余りマリヤをとがめるマルタに、イエス様は答えました。

  1. 「あなたは多くのことに心を思いわずらっている」

    マルタは、いかに上手に接待するかということで思いわずらいました。 マルタならずともわたしたちも、日々の生活の中で多く思いわざらいをかかえています。 そのような思いわずらいによって、わたしたちは大事なことを忘れてしまうのです。

  2. 「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけある」

    イエス様は、人間にとって一番大切なことを教えてくださいました。 それは主のみそばに座って、みことばに聞き入ることでした。 みことばは、わたしたちのたましいを生かし、いやし、強め、支え、慰めます。 わたしたちは、神の語りかけの内に生きるのです。

  3. 「マリヤはその良い方を選んだのだ」

    イエス様は、マリヤがみ言葉を選んだことをお認めになりました。 わたしたちは信仰者として、み言葉を聞くことを選びとる必要があります。 み言葉を前にして、わたしたちは、そのみ言葉に耳を傾け、 み言葉を握り、確信をいただいて、勝利ある人生をまっとうしたいと思うのです。

Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年09月10日

主日礼拝「彼らの信仰」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
マルコによる福音書2章1-12節
説教題
彼らの信仰
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: マルコによる福音書2章1-12節 (中心聖句は5節) 口語訳

1
幾日かたって、イエスがまたカペナウムにお帰りになったとき、家におられるといううわさが立ったので、
2
多くの人々が集まってきて、もはや戸口のあたりまでも、すきまが無いほどになった。そして、イエスは御言を彼らに語っておられた。
3
すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。
4
ところが、群衆のために近寄ることができないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床をつりおろした。
5
イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、あなたの罪はゆるされた」と言われた。
6
ところが、そこに幾人かの律法学者がすわっていて、心の中で論じた、
7
「この人は、なぜあんなことを言うのか。それは神をけがすことだ。神ひとりのほかに、だれが罪をゆるすことができるか」。
8
イエスは、彼らが内心このように論じているのを、自分の心ですぐ見ぬいて、「なぜ、あなたがたは心の中でそんなことを論じているのか。
9
中風の者に、あなたの罪はゆるされた、と言うのと、起きよ、床を取りあげて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。
10
しかし、人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために」と彼らに言い、中風の者にむかって、
11
「あなたに命じる。起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。
12
すると彼は起きあがり、すぐに床を取りあげて、みんなの前を出て行ったので、一同は大いに驚き、神をあがめて、「こんな事は、まだ一度も見たことがない」と言った。

礼拝メッセージの要約 「彼らの信仰」 加藤郁生師

イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、 『子よ、あなたの罪はゆるされた』と言われた。

イエス様が、中風の者に罪のゆるしを宣言し、 体をおいやしになられたのは、 本人が明確に信仰を言い表したからだけではありませんでした。

中風の男を思いやった4人の男たちの、 わざわざ床ごとイエス様のもとに運び込み、 屋根から男を吊り降ろした「彼らの信仰」を見てのことでした。

これはわたしたち愛する家族、友人、知人の救いと 神さまの彼らへの祝福を願うわたしたちへの 慰めであり、希望であり、信仰のチャレンジです。

わたしたちが愛するもののために、 真剣に、信仰をもって祈り取り組む時に、労する時に、 主はわたしたちの信仰をお認めくださり、 確かな御手をもって主の栄光をあらわしてくださるのです。

聖書の中には、惨状に悩む当人に代わって、 信仰を表す人々の姿があらわされています。 中風の男を吊り降ろした人たち、部下思いの百卒長、 娘のために主に食い下がったスロ・フェニキアの女、 そういった信仰者に続くわたしたちでありたいのです。

Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks

2006年09月03日

主日礼拝「神の子と定められしことの喜び」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
エペソ人への手紙1章1-14節
説教題
神の子と定められしことの喜び
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: エペソ人への手紙1章1-14節 (中心聖句は5節) 口語訳

1
神の御旨によるキリスト・イエスの使徒パウロから、エペソにいる、キリスト・イエスにあって忠実な聖徒たちへ。
2
わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
3
ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、
4
みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
5
わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
6
これは、その愛する御子によって賜わった栄光ある恵みを、わたしたちがほめたたえるためである。
7
わたしたちは、御子にあって、神の豊かな恵みのゆえに、その血によるあがない、すなわち、罪過のゆるしを受けたのである。
8
神はその恵みをさらに増し加えて、あらゆる知恵と悟りとをわたしたちに賜わり、
9
御旨の奥義を、自らあらかじめ定められた計画に従って、わたしたちに示して下さったのである。
10
それは、時の満ちるに及んで実現されるご計画にほかならない。それによって、神は天にあるもの地にあるものを、ことごとく、キリストにあって一つに帰せしめようとされたのである。
11
わたしたちは、御旨の欲するままにすべての事をなさるかたの目的の下に、キリストにあってあらかじめ定められ、神の民として選ばれたのである。
12
それは、早くからキリストに望みをおいているわたしたちが、神の栄光をほめたたえる者となるためである。
13
あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救の福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。
14
この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである。

礼拝メッセージの要約 「神の子と定められしことの喜び」 加藤郁生師

パウロは、 エペソを初めとした信仰に生きる当時のクリスチャンに励ましの手紙を書きました。

  1. 神の選び

    エペソ人への手紙の冒頭に展開されているパウロのメッセージは 「神の選び」でした。 神は天地の造られる前から、わたしたちを選び、 神の子としての身分を授けるように、あらかじめ定めてくださいました。 この選びは、わたしたちの慰めです。

    わたしたちは、自分の信仰を自分の力で守ることに疲れ、つまずきます。 しかし全能の愛なる神は、わたしたちを、はるかに超えた力をもって、 あらかじめ御手に握ってくださるのです。

  2. 選びの目的

    神の選びは、慰めの恵みであると同時に、栄光の選びでもあります。 神はわたしたちを、みまえにきよく傷のない者となるように、 また神の栄光をほめたたえる神の民となるために選らんでくださいました。

    ジャン・カルヴァンは 「わたしたち人間の生きる目的は、神のほめたたえることにある」 と述べました。 ジョン・ウェスレイは、 キリスト者の品性の高い基準として「キリスト者の完全」を唱えました。

    わたしたちも神に選ばれ、救われ、キリストの証人とされた今、 神の栄光をたたえる者として生かされたいと思うのです。

Read more...

Posted in  | no comments | no trackbacks