毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2006年10月29日

主日礼拝「パウロの祈りから」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
エペソ人への手紙1章15-23節
説教題
パウロの祈りから
説教者
足立幹夫師
出席者数
65人

聖書: エペソ人への手紙1章15-23節 口語訳

15
こういうわけで、わたしも、主イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対する愛とを耳にし、
16
わたしの祈のたびごとにあなたがたを覚えて、絶えずあなたがたのために感謝している。
17
どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と啓示との霊をあなたがたに賜わって神を認めさせ、
18
あなたがたの心の目を明らかにして下さるように、そして、あなたがたが神に召されていだいている望みがどんなものであるか、聖徒たちがつぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか、
19
また、神の力強い活動によって働く力が、わたしたち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなたがたが知るに至るように、と祈っている。
20
神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右に座せしめ、
21
彼を、すべての支配、権威、権力、権勢の上におき、また、この世ばかりでなくきたるべき世においても唱えられる、あらゆる名の上におかれたのである。
22
そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして教会に与えられた。
23
この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。

本日は、聖三一コミュニティ教会の足立幹夫師より、礼拝メッセージをしていただきました。

加藤郁生師は、柏原教会 の「秋の祝福キャンペーン」のご奉仕をされました。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
ヒゼキヤ王
みことば
列王記下19章15節
出席者数
11人(子どものみ集計)

午後より、卓球のレクリエーション が行われました。

夕拝は休会しました。

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2006年10月22日

特別伝道礼拝「あなたを愛する神」

10:30より、特別伝道礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネの第一の手紙4章7-10節
説教題
あなたを愛する神
説教者
唐木照雄師
出席者数
64人

聖書: ヨハネの第一の手紙4章7-10節 (中心聖句は9節) 口語訳

7
愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。
8
愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
9
神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
10
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。

本日の主日礼拝は、八幡福音教会の唐木照雄師をお招きして、 特別伝道礼拝の形式で行われました。

また、神戸中央教会の亀井玲司兄(トロンボーン)と、 その伴奏をしてくださる石井智子姉(ピアノ)による賛美が行われました。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
ヒゼキヤ王
みことば
列王記下19章15節
出席者数
10人(子どものみ集計)

午後より、特別伝道集会「愛と喜びの集い」 が行われました。

午前中に引き続き、唐木照雄師によるメッセージと、 亀井玲司兄(トロンボーン)、石井智子姉(ピアノ) による賛美が行われました。

夕拝は休会しました。

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2006年10月15日

主日礼拝「喜びのおとずれを伝える声として」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネによる福音書4章1-30, 39-42節
説教題
喜びのおとずれを伝える声として
説教者
加藤郁生師
出席者数
64人

聖書: ヨハネによる福音書4章1-30節 (中心聖句は28節) 口語訳

1
イエスが、ヨハネよりも多く弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるということを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、
2
(しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)
3
ユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。
4
しかし、イエスはサマリヤを通過しなければならなかった。
5
そこで、イエスはサマリヤのスカルという町においでになった。この町は、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにあったが、
6
そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。
7
ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、「水を飲ませて下さい」と言われた。
8
弟子たちは食物を買いに町に行っていたのである。
9
すると、サマリヤの女はイエスに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか」。これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである。
10
イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。
11
女はイエスに言った、「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか。
12
あなたは、この井戸を下さったわたしたちの父ヤコブよりも、偉いかたなのですか。ヤコブ自身も飲み、その子らも、その家畜も、この井戸から飲んだのですが」。
13
イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
14
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。
15
女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。
16
イエスは女に言われた、「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい」。
17
女は答えて言った、「わたしには夫はありません」。イエスは女に言われた、「夫がないと言ったのは、もっともだ。
18
あなたには五人の夫があったが、今のはあなたの夫ではない。あなたの言葉のとおりである」。
19
女はイエスに言った、「主よ、わたしはあなたを預言者と見ます。
20
わたしたちの先祖は、この山で礼拝をしたのですが、あなたがたは礼拝すべき場所は、エルサレムにあると言っています」。
21
イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。
22
あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
23
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。
24
神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。
25
女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
26
イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。
27
そのとき、弟子たちが帰って来て、イエスがひとりの女と話しておられるのを見て不思議に思ったが、しかし、「何を求めておられますか」とも、「何を彼女と話しておられるのですか」とも、尋ねる者はひとりもなかった。
28
この女は水がめをそのままそこに置いて町に行き、人々に言った、
29
「わたしのしたことを何もかも、言いあてた人がいます。さあ、見にきてごらんなさい。もしかしたら、この人がキリストかも知れません」。
30
人々は町を出て、ぞくぞくとイエスのところへ行った。

「礼拝メッセージの要約」は、都合によりございません。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
ヨシャパテ王
みことば
歴代志下20章15節
出席者数
10人(子どものみ集計)

午後より、壮年会(クリスマス準備)、婦人会(愛餐会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人

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2006年10月08日

主日礼拝「引き受けることの決意をもって」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネによる福音書13章1-20節
説教題
引き受けることの決意をもって
説教者
加藤郁生師
出席者数
65人

聖書: ヨハネによる福音書13章1-20節 (中心聖句は4-5節) 口語訳

1
過越の祭の前に、イエスは、この世を去って父のみもとに行くべき自分の時がきたことを知り、世にいる自分の者たちを愛して、彼らを最後まで愛し通された。
2
夕食のとき、悪魔はすでにシモンの子イスカリオテのユダの心に、イエスを裏切ろうとする思いを入れていたが、
3
イエスは、父がすべてのものを自分の手にお与えになったこと、また、自分は神から出てきて、神にかえろうとしていることを思い、
4
夕食の席から立ち上がって、上着を脱ぎ、手ぬぐいをとって腰に巻き、
5
それから水をたらいに入れて、弟子たちの足を洗い、腰に巻いた手ぬぐいでふき始められた。
6
こうして、シモン・ペテロの番になった。すると彼はイエスに、「主よ、あなたがわたしの足をお洗いになるのですか」と言った。
7
イエスは彼に答えて言われた、「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、あとでわかるようになるだろう」。
8
ペテロはイエスに言った、「わたしの足を決して洗わないで下さい」。イエスは彼に答えられた、「もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。
9
シモン・ペテロはイエスに言った、「主よ、では、足だけではなく、どうぞ、手も頭も」。
10
イエスは彼に言われた、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。あなたがたはきれいなのだ。しかし、みんながそうなのではない」。
11
イエスは自分を裏切る者を知っておられた。それで、「みんながきれいなのではない」と言われたのである。
12
こうして彼らの足を洗ってから、上着をつけ、ふたたび席にもどって、彼らに言われた、「わたしがあなたがたにしたことがわかるか。
13
あなたがたはわたしを教師、また主と呼んでいる。そう言うのは正しい。わたしはそのとおりである。
14
しかし、主であり、また教師であるわたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互に足を洗い合うべきである。
15
わたしがあなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、わたしは手本を示したのだ。
16
よくよくあなたがたに言っておく。僕はその主人にまさるものではなく、つかわされた者はつかわした者にまさるものではない。
17
もしこれらのことがわかっていて、それを行うなら、あなたがたはさいわいである。
18
あなたがた全部の者について、こう言っているのではない。わたしは自分が選んだ人たちを知っている。しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしにむかってそのかかとをあげた』とある聖書は成就されなければならない。
19
そのことがまだ起らない今のうちに、あなたがたに言っておく。いよいよ事が起ったとき、わたしがそれであることを、あなたがたが信じるためである。
20
よくよくあなたがたに言っておく。わたしがつかわす者を受けいれる者は、わたしを受けいれるのである。わたしを受けいれる者は、わたしをつかわされたかたを、受けいれるのである」。

礼拝メッセージの要約 「引き受けることの決意をもって」 加藤郁生師

過ぎ越しの祭りの前にイエス様は、 この世を去って父のみもとに行くべき自分の時が来たことを知りました。 イエス様にとって自分の時とは、十字架の苦難の時であり、栄光の時でした。

  1. 十字架の苦難を引き受ける決意をもって

    夕食においてキリストは、弟子たちの足を取りました。 弟子たちの足を洗うことは、十字架によって彼らをあがなうことを意味していました。 イエス様はご自分の身によって、すべての罪を背負うことを引き受ける決意を示されたのでした。

  2. 十字架の苦難を背負う僕としての決意もって

    キリストは弟子たちの前に、僕(しもべ)のようにしてひざまずきました。 十字架のあがないは、キリストが僕のようにして自らを低くすることなしには、なしえないみわざです。 キリストは、僕としての自分を引き受けてくださいました。

  3. 引き受けることの示唆

    キリストは 「わたしが、あなたがたの足を洗ったからには、あなたがたもまた、互いに足を洗うべきである」 と言われました。 これはわたしたちがなすべきことを「引き受ける」ことの勧めです。 わたしたちも、キリストに従って自分の人生を、自分の使命を、自分自身を引き受け、 神に栄光を帰する者とさせていただきたいのです。

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2006年10月01日

主日礼拝「祈りの共同体としての教会」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
マタイによる福音書18章15-20節
説教題
祈りの共同体としての教会
説教者
加藤郁生師
出席者数
61人

聖書: マタイによる福音書18章15-20節 (中心聖句は19-20節) 口語訳

15
もしあなたの兄弟が罪を犯すなら、行って、彼とふたりだけの所で忠告しなさい。もし聞いてくれたら、あなたの兄弟を得たことになる。
16
もし聞いてくれないなら、ほかにひとりふたりを、一緒に連れて行きなさい。それは、ふたりまたは三人の証人の口によって、すべてのことがらが確かめられるためである。
17
もし彼らの言うことを聞かないなら、教会に申し出なさい。もし教会の言うことも聞かないなら、その人を異邦人または取税人同様に扱いなさい。
18
よく言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、天でもみな解かれるであろう。
19
また、よく言っておく。もしあなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
20
ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」。

礼拝メッセージの要約 「祈りの共同体としての教会」 加藤郁生師

もしあなたがたのうちのふたりが、 どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、 天にいますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。

ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、 わたしもその中にいるのである。

イエス様の祈りについてのお言葉です。 ここで、祈りの共同体であるわたしたちが知ることは、以下の通りです。

  1. 心合わせて祈る

    主はどんな願い事についても、 地上で「心合わせるなら」かなえてくださることを約束されました。 ですからわたしたちは、互いに心を一つにして祈り求めたいと思います。

    わたしたちの心が一つとされるためには、 御霊の一致、信仰の一致、ヴィジョンの一致が必要です。 たがいにキリストにあって愛しあい、ゆるしあい、支えあう共同体の中にこそ、 心合わせる祈りが生まれるのです。

  2. 主の御臨在のもとに祈る

    主は、わたし(イエス・キリスト)の名によって集まっている所にいると、 おっしゃいました。 わたしたちが共に祈る所に、必ず主は御臨在くださるのです。 これはわたしたちにとって、最も大きな恵みであり、力です。

    わたしたちが祈る祈りの席に、イエス様が共にいてくださる。 わたしたちの祈る祈りに、主が耳を傾けてくださる。 わたしたちは、この絶対的な御臨在の主への信頼をもって、 祈っていきたいと思います。

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