毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2007年01月01日

2007年のみことば

あけましておめでとうございます。

2007年の京都信愛教会のみことばは、

聖書: 出エジプト記33章14節 (中心聖句は14節) 口語訳

14
主は言われた「わたし自身が一緒に行くであろう。そしてあなたに安息を与えるであろう」。

です。

教会員一同、主の臨在の内に歩む一年とさせていただきたいと思います。

今年もどうぞ、よろしくお願いします。

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2006年12月31日

主日礼拝「すべてのめぐみを心にとめよ」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
詩篇103篇
説教題
すべてのめぐみを心にとめよ
説教者
加藤郁生師
出席者数
58人

聖書: 詩篇103章1-22節 (中心聖句は2節) 口語訳

1
わがたましいよ、主をほめよ。わがうちなるすべてのものよ、その聖なるみ名をほめよ。
2
わがたましいよ、主をほめよ。そのすべてのめぐみを心にとめよ。
3
主はあなたのすべての不義をゆるし、あなたのすべての病をいやし、
4
あなたのいのちを墓からあがないいだし、いつくしみと、あわれみとをあなたにこうむらせ、
5
あなたの生きながらえるかぎり、良き物をもってあなたを飽き足らせられる。こうしてあなたは若返って、わしのように新たになる。
6
主はすべてしえたげられる者のために正義と公正とを行われる。
7
主はおのれの道をモーセに知らせ、おのれのしわざをイスラエルの人々に知らせられた。
8
主はあわれみに富み、めぐみふかく、怒ること遅く、いつくしみ豊かでいらせられる。
9
主は常に責めることをせず、また、とこしえに怒りをいだかれない。
10
主はわれらの罪にしたがってわれらをあしらわず、われらの不義にしたがって報いられない。
11
天が地よりも高いように、主がおのれを恐れる者に賜わるいつくしみは大きい、
12
東が西から遠いように、主はわれらのとがをわれらから遠ざけられる。
13
父がその子供をあわれむように、主はおのれを恐れる者をあわれまれる。
14
主はわれらの造られたさまを知り、われらのちりであることを覚えていられるからである。
15
人は、そのよわいは草のごとく、その栄えは野の花にひとしい。
16
風がその上を過ぎると、うせて跡なく、その場所にきいても、もはやそれを知らない。
17
しかし主のいつくしみは、とこしえからとこしえまで、主を恐れる者の上にあり、その義は子らの子に及び、
18
その契約を守り、その命令を心にとめて行う者にまで及ぶ。
19
主はその玉座を天に堅くすえられ、そのまつりごとはすべての物を統べ治める。
20
主の使たちよ、そのみ言葉の声を聞いて、これを行う勇士たちよ、主をほめまつれ。
21
そのすべての万軍よ、そのみこころを行うしもべたちよ、主をほめよ。
22
主が造られたすべての物よ、そのまつりごとの下にあるすべての所で、主をほめよ。わがたましいよ、主をほめよ。

礼拝メッセージの要約 「すべてのめぐみを心にとめよ」 加藤郁生師

わたしたちの信仰生活には、常に神様のめぐみがあります。 そのめぐみを、いつも心にとめることが大切です。

  1. 「主はあなたのすべての不義をゆるし」

    主はゆるし主です。 そのゆるしは、わたしたちのすべての罪に及ぶのです。

    主はわたしたちをゆるすために、神の御子イエス・キリストを十字架につけられました。 キリストの十字架の犠牲の血のゆえに、わたしたちは完全なゆるしを得ているのです。

    このめぐみを心にとめなければなりません。 本来私たちは、罪に滅ぶ者であったはずですから。

  2. 「主はあなたのすべての病をいやし」

    ここで言う病のいやしとは、身体も心も魂も適用されるべきものです。

    わたしたちは主のめぐみによって、あらゆる点においていやされ生かされているのです。 体の傷がいやされるように、主はいやされなければならない心の傷をもいやしてくださるお方です。

    わたしたちはいやされるべきものを、主の前に持ち出せばいいのです。

  3. 「良き物をもってあなたを飽き足らせられる」

    主はあがない主です。 そして一度わたしたちをあがない取ってくださる主は、 最後まで主のご真実にかけてわたしたちを助け、支え、導いてくださるお方です。 この詩篇でも主は

    あなたの生きながらえるかぎり、 良き物をもってあなたを飽き足らせられる

    とお約束くださいました。 主はわたしたちを慈しむことを、望んでおられるのです。

    この主のめぐみを心にとめましょう。 そして主のめぐみに生かされつつ前進する わたしたちの信仰生活とさせていただきましょう。

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2006年12月24日

クリスマス礼拝「その名はインマヌエル」

10:30より、クリスマス礼拝 が行われました。

聖書
マタイによる福音書1章18-25節
説教題
その名はインマヌエル
説教者
加藤郁生師
出席者数
78人

聖書: マタイによる福音書1章18-25節 (中心聖句は23節) 口語訳

18
イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
19
夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
20
彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
21
彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
22
すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
23
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。
24
ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
25
しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。

礼拝メッセージの要約 「その名はインマヌエル」 加藤郁生師

イエス・キリストにはもう一つの名前があります。 その名は、インマヌエル(神われらと共にいます)です。 イエス様はこの名をもって、この世に誕生されました。

  1. この世に降りたもうインマヌエル

    神は唯一まことの絶対神であり、地の果ての創造者です。 神は無限です。 一方人間は、被造物であり有限なる存在です。 有限なるわたしたち人間に、無限なる神様がどのようにしてインマヌエル、 共にいてくださるのでしょうか。

    答えはキリストの受肉です。 キリストはわたしたちと共にいてくださるために、 この無限を突き破って有限なる世に降ってくださったのです。

    キリストの御存在こそ、 神がわたしたちと共にいてくださることの確かなしるしなのです。

  2. わたしたちをお救いくださるインマヌエル

    彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。 彼はおのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである。

    キリストは、この世に目的をもって誕生しました。 それは罪からの救いです。 キリストはわたしたちと共にいながら、わたしたちを罪からお救いくださるお方でした。 十字架のご苦難を通して、 わたしたちが負うべきすべての罪を背負って救いを完了してくださったのです。

  3. 慰め主たるインマヌエル

    主はわたしたちとお救いくださるだけでなく、救われた者と共にいて、 わたしたちを助け、支え、慰め、励ましてくださるお方です。 しかも主は、永遠に共にいてくださるお方です。

    主は言われました。

    見よ、わたし世の終わりまで、いつもあながたと共にいるのである。マタイ28:20

    このようにイエス様は天に帰れられた後も、 臨在の、内住の御霊として、 また終わりの時に来たりたもう再臨の主としていつもわたしたちと永遠に共にいてくださり、 ご自身の御手をもってわたしたちを強め慰めてくださるのです。

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2006年12月17日

主日礼拝「彼を受け入れた者、受け入れなかった者」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネによる福音書1章9-13節
説教題
彼を受け入れた者、受け入れなかった者
説教者
加藤郁生師
出席者数
71人

聖書: ヨハネによる福音書1章9-13節 (中心聖句は12節) 口語訳

9
すべての人を照すまことの光があって、世にきた。
10
彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。
11
彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受けいれなかった。
12
しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
13
それらの人は、血すじによらず、肉の欲によらず、また、人の欲にもよらず、ただ神によって生れたのである。

礼拝メッセージの要約 「彼を受け入れた者、受け入れなかった者」 加藤郁生師

キリストは、すべての人を照らすまことの光としてこの世にお出でくださいました。 キリストの光は救いの光、愛の光、希望の光でした。

しかしキリストを迎え入れるわたしたちの側は、二つに分かれます。 キリスト受け入れる者、キリストを受け入れなかった者です。

  1. キリストを受け入れなかった者

    マタイによる福音書2章は、 キリストの降誕に際して主を拒む者の姿を描いています。 ヘロデ大王です。

    ヘロデは東方から来た博士たちの話を聞き、不安を感じ、 イエス様を殺そうと企てます。 ヘロデにとって救い主の降誕は、自分の地位、 権力を脅かす災いでしかなかったのです。

    そしてとうとうヘロデは、 ベツレヘムに住む二歳以下の男の子をことごとく殺しました。

    ヘロデの行為は、自己中心的という意味で、 根っこのところでわたしたちとつながっています。 わたしたちの肉の性質は、キリストを受け入れることを喜ばないのです。

  2. キリストを受け入れる者

    しかし同じ異邦人でありながら対照的に、東方の博士たちはキリストを求めました。 彼らは星に導かれながら、長い大変な旅を経てとうとう救い主をつきとめました。 その時に彼らの心は「非常なよろこびにあふれた」(マタイ2:10)。 そして博士たちは用意していた宝物をささげて、幼子を礼拝し帰って行きました。

    聖書は約束します、 「彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、 彼は、神の子となる力を与えたのである」。

    わたしたちも、キリストを心に受け入れ、 大いなるよろこびをもって歩む者とさせていただきましょう。

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2006年12月10日

主日礼拝「信仰によって主を待ち望んだ人々~ヨセフとマリヤ」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ルカによる福音書1章26-38節, マタイによる福音書1章18-25節
説教題
信仰によって主を待ち望んだ人々~ヨセフとマリヤ
説教者
加藤郁生師
出席者数
62人

聖書: ルカによる福音書1章26-38節 (中心聖句は38節) 口語訳

26
六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。
27
この処女はダビデ家の出であるヨセフという人のいいなづけになっていて、名をマリヤといった。
28
御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。
29
この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。
30
すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。
31
見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。
32
彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、
33
彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。
34
そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。
35
御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。
36
あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。
37
神には、なんでもできないことはありません」。
38
そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。

聖書: マタイによる福音書1章18-25節 口語訳

18
イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。
19
夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。
20
彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。
21
彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。
22
すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。すなわち、
23
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエルと呼ばれるであろう」。これは、「神われらと共にいます」という意味である。
24
ヨセフは眠りからさめた後に、主の使が命じたとおりに、マリヤを妻に迎えた。
25
しかし、子が生れるまでは、彼女を知ることはなかった。そして、その子をイエスと名づけた。

礼拝メッセージの要約 「信仰によって主を待ち望んだ人々~ヨセフとマリヤ」 加藤郁生師

主の御降誕の際に、ヨセフとマリヤはキリストの父と母となりました。 それは彼らの意図することではありませんでしたが、ヨセフとマリヤは信仰をもって神の御心を受け入れました。

  1. マリヤの場合

    ヨセフのいいなずけであったマリヤはある時、御使いガブリエルから神の子、 救い主を胎に宿すと言うお告げを受けました。

    マリヤにとって、自分の肉体を通って救い主がお生まれになるということは想像も出来ないことでした。 救い主の母となることが彼女の人生にどのような影響を及ぼすことになるのでしょうか? あまりのことの大きさに、戸惑い恐れても仕方のないことでした。

    しかし、マリヤはみ使いの声に信仰をもって、 「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」 と答えました。 マリヤは待ち望まれていた救い主の御降誕を、信仰をもって自らの身に引き受けたのでした。

  2. ヨセフの場合

    婚約者のマリヤが身重になったことを知ったヨセフは、どれほどか悩んだことでしょう。

    ヨセフがとった決断はひそかに離縁することでした。 ところがそのような中、主の使いが夢に現れて、 生まれ来る子がおのれの民をそのもろもろの罪から救う救い主であることをヨセフに告げるのです。 それは「神われらと共にいます」という、インマヌエルの主でありました。

    主のお告げを聞いて、ヨセフの決心は変りました。 主の使いが命じられたとおりに、マリヤを妻として迎えました。 ヨセフもまた、信仰をもって待ち望まれた救い主の御降誕を自らの身に引き受けたのでした。

このように、救い主の御降誕の背後にヨセフとマリヤの信仰の決心がありました。 もちろん全能の神は、ヨセフ、マリヤを通さずしてご自身の御計画をまっとうすることも出来たでしょう。 しかし主は、ヨセフとマリヤの信仰を、ご自身の救いのみ業とのかかわりの中で求められたのです。

この点で、わたしたちもヨセフとマリヤの信仰に学びたいと思うのです。 わたしたちも信仰をもって、 「わたしたちの心に、本気でイエス様をお迎えします」と祈りたいと思うのです。 クリスマスとはそのように、 わたしたちがこの身をもって主を信じる信仰を新たにさせていただく時なのです。

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