毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2009年12月6日

主日礼拝「キリストの誕生~父なる神の痛み」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネの第一の手紙4章7~12節
説教題
キリストの誕生~父なる神の痛み
説教者
加藤郁生師
出席者数
64人

聖書: ヨハネの第一の手紙4章7-12節 (中心聖句は10節) 口語訳

7
愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。
8
愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
9
神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
10
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
11
愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。
12
神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。

礼拝メッセージの要約 「キリストの誕生~父なる神の痛み」 加藤郁生師

聖書の神は、超越者、創造者、万物の保持者であると同時に、父なるお方です。 神が父である時に、神の愛する子がいますことは必然の理です。 聖書はそれが「父のふところにいるひとり子なる神」、即ちキリストでることを証ししています。

  1. 神の痛み

    しかし神は、そのたった一人の御子をこの世に送りました。 「送る」と言いましても、形だけのものではありません。 子は、生身の肉体を取り、人間となり、しかも十字架に磔にされてむごたらしくも殺されてしまうのです。

    いったい、殺されると分かって子を差し出す親がこの世に存在するでしょうか(まともな親であったらの話ですが)。 もし差し出すとしたら、それはどれほどの痛みを伴うものでしょうか?

    考えることも出来ないことですが、神はそれをしました。 十字架は、一面においてはわたしたちの愛の結晶であり、もう一面では神が御子を失うことの大きな痛みです。

  2. わたしたちの罪のために

    ヨハネの手紙のテキストでは、父なる父が子を差し出すという御行為が「わたしたちの罪のため」であることを証ししています。 神にとって、わたしたちはそれほどの代償をもってしても救われなければならない大切な存在なのです。

    「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにしてくださった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである」

    どうぞこのクリスマスは、神がこれほどの痛みと愛をもって御子をわたしたちに与えてくださったことを心から感謝する時とさせていただきましょう。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
救主誕生
みことば
ルカによる福音書2章1~7節
出席者数
9人(生徒のみ集計)

午後より、青年学生クリスマス会、CS教師会 が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
5人

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