毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2005年12月04日

主を共に呼び求める恵み~主の祈り

10:15より、第2アドヴェント礼拝 が行われました。

説教者
加藤郁生師
聖書
ヨハネによる福音書3章16節
説教題
クリスマスとわたしたちの幸福
出席者数
64人

聖書: ヨハネによる福音書3章16節 口語訳

16
神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。

礼拝メッセージの要約 「クリスマスとわたしたちの幸福」 加藤郁生師

クリスマスはわたしたちを幸福な気持ちにさせるものです。 ですけれども、それは単なる“ムード”ではありません。

  1. クリスマスは、わたしたちが愛されていることを知る時です。

    キリストの降誕は、わたしたちに対する神様の確かな愛のしるしです。 神様はご自身にとって最も大切な御子を与えてくださることによって、 わたしたちが神の愛を実感できるようにしてくださったのです。

  2. クリスマスは、神さまの救いが差し伸べられていることを知る時です。

    キリストの降誕には目的があります。 それはわたしたちの救いのためです。 罪に滅びるしかないわたしたちを救う手立ては、 キリストの受肉に始まるあがないのわざしかないのです。 クリスマスは、 キリストによる救いがわたしたちに与えられていることを喜ぶ時なのです。

  3. クリスマスは、わたしたちが神に感謝し、神を愛することを確認する時です。

    かくも神さまに愛されていることを知ったわたしたちは、 神さまにどのように応答すべきでしょうか。 神さまをまごころから愛し、礼拝するのです。 羊飼いや東の博士たちが礼拝する姿は、わたしたち信仰者の姿です。

主の御名を、このクリスマスに高らかに賛美しましょう。

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2005年11月27日

父から賜った大きな愛~クリスマス

10:15より、第1アドヴェント礼拝 が行われました。

説教者
加藤郁生師
聖書
ヨハネの第一の手紙3章1-12節
説教題
父から賜った大きな愛~クリスマス
出席者数
65人

聖書: ヨハネの第一の手紙3章1-12節 (中心聖句は1節) 口語訳

1
わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜わったことか、よく考えてみなさい。わたしたちは、すでに神の子なのである。世がわたしたちを知らないのは、父を知らなかったからである。
2
愛する者たちよ。わたしたちは今や神の子である。しかし、わたしたちがどうなるのか、まだ明らかではない。彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなることを知っている。そのまことの御姿を見るからである。
3
彼についてこの望みをいだいている者は皆、彼がきよくあられるように、自らをきよくする。
4
すべて罪を犯す者は、不法を行う者である。罪は不法である。
5
あなたがたが知っているとおり、彼は罪をとり除くために現れたのであって、彼にはなんらの罪がない。
6
すべて彼におる者は、罪を犯さない。すべて罪を犯す者は彼を見たこともなく、知ったこともない者である。
7
子たちよ。だれにも惑わされてはならない。彼が義人であると同様に、義を行う者は義人である。
8
罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。
9
すべて神から生れた者は、罪を犯さない。神の種が、その人のうちにとどまっているからである。また、その人は、神から生れた者であるから、罪を犯すことができない。
10
神の子と悪魔の子との区別は、これによって明らかである。すなわち、すべて義を行わない者は、神から出た者ではない。兄弟を愛さない者も、同様である。
11
わたしたちは互に愛し合うべきである。これが、あなたがたの初めから聞いていたおとずれである。
12
カインのようになってはいけない。彼は悪しき者から出て、その兄弟を殺したのである。なぜ兄弟を殺したのか。彼のわざが悪く、その兄弟のわざは正しかったからである。

礼拝メッセージの要約 「父から賜った大きな愛~クリスマス」 加藤郁生師

使徒ヨハネは、 イエス様の御降誕にかかわる三つの大切なことを述べています。

  1. 「わたしたちが神の子と呼ばれるためには、どんなに大きな愛を父から賜ったことか、よく考えてみなさい。」

    神様はわたしたちが神の子と呼ばれるために、大きな愛を賜りました。 その愛とは御子イエス・キリストをわたしたちに与える愛です。

    わたしたちは救い主の御降誕とそのあがないの生涯を通して、 神様の大きな無条件の愛を知り喜びます。

  2. 「彼が現れる時、わたしたちは、自分たちが彼に似るものとなるこを知っている。」

    キリストは再び来られるます。 その時、わたしたちも栄光の姿に変えられるのです。 ですから、主の再臨はわたしたちの希望です。

    アドヴェントとはキリストの御降誕だけでなく、 キリストの再臨を待ち望む希望の時です。

  3. 「彼についてこの望みをいだいている者は皆、彼がきよくあられるように、自らをきよくする。」

    再臨を待ち望むわたしたちには、 再臨の主の前にきよく立ちたいという動機が与えられます。

    花婿が花嫁を迎えるように、 キリストはわたしたちをきよめて迎い入れてくださるのです。 ですから、わたしたちはつつしんで自らをきよくして、 愛と真をもって歩みましょう。

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2005年11月20日

主日礼拝 主に喜ばれるささげものとして

10:15より、主日礼拝 が行われました。

説教者
加藤郁生師
聖書
マルコによる福音書14章1-9節
説教題
主に喜ばれるささげものとして
出席者数
62人

聖書: マルコによる福音書14章1-9節 (中心聖句は8節) 口語訳

1
さて、過越と除酵との祭の二日前になった。祭司長たちや律法学者たちは、策略をもってイエスを捕えたうえ、なんとかして殺そうと計っていた。
2
彼らは、「祭の間はいけない。民衆が騒ぎを起すかも知れない」と言っていた。
3
イエスがベタニヤで、重い皮膚病の人シモンの家にいて、食卓についておられたとき、ひとりの女が、非常に高価で純粋なナルドの香油が入れてある石膏のつぼを持ってきて、それをこわし、香油をイエスの頭に注ぎかけた。
4
すると、ある人々が憤って互に言った、「なんのために香油をこんなにむだにするのか。
5
この香油を三百デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」。そして女をきびしくとがめた。
6
するとイエスは言われた、「するままにさせておきなさい。なぜ女を困らせるのか。わたしによい事をしてくれたのだ。
7
貧しい人たちはいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときにはいつでも、よい事をしてやれる。しかし、わたしはあなたがたといつも一緒にいるわけではない。
8
この女はできる限りの事をしたのだ。すなわち、わたしのからだに油を注いで、あらかじめ葬りの用意をしてくれたのである。
9
よく聞きなさい。全世界のどこででも、福音が宣べ伝えられる所では、この女のした事も記念として語られるであろう」。

礼拝メッセージの要約 「主に喜ばれるささげものとして」 加藤郁生師

ベタニアの女は、イエス様に高価なナルドの香油をささげました。 この香油は、

  1. イエス様への「よい」供え物でした。

    女の行為を見たまわりの人たちは、 「なんのために香油をこんなにむだにするのか」と言って、 女を責めました。 彼らには香油がむだなものとしか目に映らなかったのです。 しかしイエス様は、 女のささげものを「わたしによい事をしてくれたのだ」 と言って喜んでくださいました。

    イエス様はわたしたちが想像もつかない高価なささげもの、 すなわちご自身の命をささげてくださいました。 わたしたちがささげるものが、 「もうこの程度でいい」ということはないのです。

  2. 「できる限りの」ささげものでした。

    ナルドの香油。 それがこの女にとってのできる限りのささげものでした。 イエス様は、 わたしたちができる限りのまごころをもってささげるものを 決して軽んじることがありません。 先にレプタ2枚のやもめの女をお認めになったイエス様ではありませんか。

    わたしたちもできる限りのまごころをもって、 イエス様にこの身と魂をおささげしたいと思います。 神様はわたしたちがそのような献身の思いをあらわすチャンスを、 わたしたちの教会生活の中に与えてくださっているのです。

礼拝で、毎日の生活の中で、あなたは何をささげますか?

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2005年11月13日

主日礼拝「イエス・キリストの平安」

10:15より、主日礼拝 が行われました。

説教者
加藤郁生師
聖書
ヨハネによる福音書14章25-31節
説教題
イエス・キリストの平安
出席者数
61人

聖書: ヨハネによる福音書14章25-31節 (中心聖句は27節) 口語訳

25
これらのことは、あなたがたと一緒にいた時、すでに語ったことである。
26
しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。
27
わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。
28
『わたしは去って行くが、またあなたがたのところに帰って来る』と、わたしが言ったのを、あなたがたは聞いている。もしわたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるであろう。父がわたしより大きいかたであるからである。
29
今わたしは、そのことが起らない先にあなたがたに語った。それは、事が起った時にあなたがたが信じるためである。
30
わたしはもはや、あなたがたに、多くを語るまい。この世の君が来るからである。だが、彼はわたしに対して、なんの力もない。
31
しかし、わたしが父を愛していることを世が知るように、わたしは父がお命じになったとおりのことを行うのである。立て。さあ、ここから出かけて行こう。

礼拝メッセージの要約 「イエス・キリストの平安」 加藤郁生師

イエス様は十字架にかかられる前夜、 不安に揺れる弟子たちに約束をなさいました。 それは彼らに「平安を残していく」ということでした。 このイエス様が与えて下さる「平安」とは、どのようなものでしょうか。

  1. 世のものとは異なる

    この世の平安と考えられているものは、 健康であったり、豊かさであったり、地位の確かさであったりします。 ですけれどもそう言ったものによって与えられる世の平安は、 もろいものです。 ちょっとしたことで損なわれ、いずれ朽ち果てるものです。 イエス様の与える平安はこの世のものではなく、 けっして損なわれることのない永遠の平安です。

  2. イエス・キリストの平安

    イエス・キリストの平安は、 聖霊様によってわたしたちの内に確かに与えられます。 それは、十字架のあがないによる罪のゆるしを確信し、 復活の希望をいただき、 御臨在の主がわたしたちの内に生きておられることを喜ぶ平安です。 外からのものに左右されることのない恵みの平安なのです。

  3. わたしたちがよって立つ平安

    あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな

    平安を約束されたイエス様はそう言われました。

    わたしたちもこの世の試練や困難に心を騒がせおじけることなく、 ことごとに感謝をもって祈っていきたいと思います。 主は人知をこえたキリストにある平安をもって、 わたしたちを守ってくださるのです。

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2005年11月06日

主日礼拝「すべての恵みを心にとめよ」

10:15より、主日礼拝 が行われました。

説教者
加藤郁生師
聖書
詩篇103篇1-5節
説教題
すべての恵みを心にとめよ
出席者数
58人

聖書: ヨハネによる福音書14章25-31節 (中心聖句は27節) 口語訳

25
これらのことは、あなたがたと一緒にいた時、すでに語ったことである。
26
しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってつかわされる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、またわたしが話しておいたことを、ことごとく思い起させるであろう。
27
わたしは平安をあなたがたに残して行く。わたしの平安をあなたがたに与える。わたしが与えるのは、世が与えるようなものとは異なる。あなたがたは心を騒がせるな、またおじけるな。
28
『わたしは去って行くが、またあなたがたのところに帰って来る』と、わたしが言ったのを、あなたがたは聞いている。もしわたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるであろう。父がわたしより大きいかたであるからである。
29
今わたしは、そのことが起らない先にあなたがたに語った。それは、事が起った時にあなたがたが信じるためである。
30
わたしはもはや、あなたがたに、多くを語るまい。この世の君が来るからである。だが、彼はわたしに対して、なんの力もない。
31
しかし、わたしが父を愛していることを世が知るように、わたしは父がお命じになったとおりのことを行うのである。立て。さあ、ここから出かけて行こう。

礼拝メッセージの要約 「すべての恵みを心にとめよ」 加藤郁生師

わたしたちの信仰生活にとって大切なことは、 主なる神様がわたしたちにしてくださったすべての恵みを心にとめることです。

その点で、旧約のダビデはいつも主の恵みを覚えて賛美することに努めました。 そのダビデは、主の恵みを次のように語っています。

  1. 主はあなたのすべての罪をゆるし

    わたしたちには、ゆるされなければならない罪があります。 主は、そのわたしたちのすべての罪をゆるす権威を持つお方です。

    イエス様は中風の男に、「あなたの罪はゆるされた」と宣言されました。 わたしたちもこのイエス様のお言葉を聞き、罪のゆるしを確信するのです。

  2. 主はあなたのすべての病をいやし

    主はわたしたちの病をいやします。 病には体の病、心の病、そして魂の病があります。 しかしイエス様は、わたしたちの病をいやしてくださるお方です。

    ある時、洗礼者ヨハネはイエス様が誰であるかを問いましたが、 イエス様は、 病をいやすご自分の姿こそ救い主たる証しであることをヨハネに示しました。 わたしたちもこの救い主のいやしの力を覚えて、感謝したいのです。

  3. 主はあなたのいのちを墓からあがなわれる

    あがないとは、 代価を払って買い取ると言うことです。 イエス様は罪の奴隷として滅び行くわたしたち人間を、 ご自身の命の代価を支払って救い取ってくださいました。 墓の中にあるわたしたちを、 ご自身の命の内に入れてくださったのです。 キリストこそはわたしたちのあがない主であり、まことの主なのです。

これらの主の恵みは今、わたしたちの前にあります。 わたしたちも心から主の恵みを心にとめて、感謝をささげてまいりましょう。

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