毎週日曜日、以下の礼拝を行っています。ぜひお越しください。
09:30~ 教会学校 乳幼児~高校生、ぜひご家族とご一緒に
10:30~ 主日礼拝 賛美、聖書のメッセージなど
19:00~ 夕拝 朝の礼拝には時間が合わない方のために
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2006年11月12日

主日礼拝「栄えある道」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
詩篇1篇
説教題
栄えある道
説教者
加藤郁生師
出席者数
70人

聖書: 詩篇1章1-6節 (中心聖句は1-2節) 口語訳

1
悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。
2
このような人は主のおきてをよろこび、昼も夜もそのおきてを思う。
3
このような人は流れのほとりに植えられた木の時が来ると実を結び、その葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える。
4
悪しき者はそうでない、風の吹き去るもみがらのようだ。
5
それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。
6
主は正しい者の道を知られる。しかし、悪しき者の道は滅びる。

礼拝メッセージの要約 「栄えある道」 加藤郁生師

詩篇1篇は、知恵の詩篇と言われている類型に属します。 それは、わたしたちが栄えある人生を送るために耳を傾けなければならない 神さまから与えられた知恵の言葉です。

悪しき者のはかりごとに歩まず、罪びとの道に立たず、 あざける者の座にすわらぬ人はさいわいである。

詩篇1篇は、「悪しき者」と「正しい者」を対比させます。 それは決してあいまいではありません。 そして、人が罪に負けて悪しき者となることがないようにと戒めるのです。

中でも詩篇1篇は 「あざける者の座にすわらぬ人」であるべきことをはっきりと示します。 最近、いじめの問題が深刻化していますが、 その一つの理由は、いじめが罪であるということの自覚が少ないことのように思います。 しかし聖書ははっきりとした基準を掲げます。 「あざける者」は、「悪しき者」「罪びと」と同列に並行法で記されています。 ですから、「あざけり」は明確な罪です。 わたしたちはこのことをしっかりと自覚しなければなりません。

イエス様は、十字架のご受難の際に、 多くの人々からつばをかけられ、嘲笑され、罵倒され、からかわれ、撃たれました。 ですけれども、けっして 「ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おびやかすことを」 しませんでした。

あざける者の座につかぬ人はさいわいである。

イエス様はその身をもって、御言葉の真実を示されたのです。

わたしたちも主のみあとにしたがい、 あざける者ではなく、愛と真実に生きる者とさせていただきましょう。

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2006年11月05日

主日礼拝「暁を待つ者として」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
詩篇130篇
説教題
暁を待つ者として
説教者
加藤郁生師
出席者数
66人

聖書: 詩篇130章1-8節 (中心聖句は6節) 口語訳

1
主よ、わたしは深い淵からあなたに呼ばわる。
2
主よ、どうか、わが声を聞き、あなたの耳をわが願いの声に傾けてください。
3
主よ、あなたがもし、もろもろの不義に目をとめられるならば、主よ、だれが立つことができましょうか。
4
しかしあなたには、ゆるしがあるので、人に恐れかしこまれるでしょう。
5
わたしは主を待ち望みます、わが魂は待ち望みます。そのみ言葉によって、わたしは望みをいだきます。
6
わが魂は夜回りが暁を待つにまさり、夜回りが暁を待つにまさって主を待ち望みます。
7
イスラエルよ、主によって望みをいだけ。主には、いつくしみがあり、また豊かなあがないがあるからです。
8
主はイスラエルをそのもろもろの不義からあがなわれます。

礼拝メッセージの要約 「暁を待つ者として」 加藤郁生師

詩篇130篇は、神の前にあるわたしたちの真実の姿を映し出します。 わたしたちは詩篇を通して、以下のことを知ります。

  1. わたしたちは深い淵から神に呼ばわるものです。

    主よ、わたしは深い淵からあなたに呼ばわる

    冒頭、詩篇の作者はこのように言います。 作者は、自分が深い淵にいることを自覚しています。 わたしたちも、深い淵にあることを自覚するものです。

    苦しみ、試練、困難、悲しみ、痛み、孤独、病、虚しさ、不安、罪のゆえの絶望、 それらのものがわたしたちを暗く覆います。 わたしたちが深い淵にある時ほど、 なおさらわたしたちは神に呼ばわらなければならないのです。

  2. わたしたちには主なる神のゆるしがあります。

    しかしあなたには、ゆるしがあるので、人に恐れかしこまれる

    作者は、自分が深い淵にある原因が自身の不義にあり、 そのゆえ神の前に立つことのできない者であることを知っています。

    しかし主は、その不義をゆるすお方です。 わたしたちを深い淵から救うのは、わたしたちの力ではなくこの主の「ゆるし」の恵みです。 新約における十字架の贖いは確かに、 「罪の完全なゆるし」というその喜ばしきおとずれをわたしたちに告げるのです。

  3. わたしたちは主を待ち望みつつ歩みます。

    わが魂は~夜回りが暁を待つにまさって主を待ち望みます

    暁は毎日めぐってきます。 たとえ夜であっても、かならず朝が来ます。 わたしたちは毎朝、神様の照らしてくださる日の光の中で、復活の主と出会い、 主との親密な交わりの内に希望をもって生きる者とされているのです。

    そういう意味で、わたしたちの人生はいつも暁を待つような待ち望みの人生です。 先細りではない、終わりの栄光の時を待ち望みつつ、 日々喜びをもって歩むクリスチャンライフを、この手にいただているのです。

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2006年10月29日

主日礼拝「パウロの祈りから」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
エペソ人への手紙1章15-23節
説教題
パウロの祈りから
説教者
足立幹夫師
出席者数
65人

聖書: エペソ人への手紙1章15-23節 口語訳

15
こういうわけで、わたしも、主イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対する愛とを耳にし、
16
わたしの祈のたびごとにあなたがたを覚えて、絶えずあなたがたのために感謝している。
17
どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、知恵と啓示との霊をあなたがたに賜わって神を認めさせ、
18
あなたがたの心の目を明らかにして下さるように、そして、あなたがたが神に召されていだいている望みがどんなものであるか、聖徒たちがつぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか、
19
また、神の力強い活動によって働く力が、わたしたち信じる者にとっていかに絶大なものであるかを、あなたがたが知るに至るように、と祈っている。
20
神はその力をキリストのうちに働かせて、彼を死人の中からよみがえらせ、天上においてご自分の右に座せしめ、
21
彼を、すべての支配、権威、権力、権勢の上におき、また、この世ばかりでなくきたるべき世においても唱えられる、あらゆる名の上におかれたのである。
22
そして、万物をキリストの足の下に従わせ、彼を万物の上にかしらとして教会に与えられた。
23
この教会はキリストのからだであって、すべてのものを、すべてのもののうちに満たしているかたが、満ちみちているものに、ほかならない。

本日は、聖三一コミュニティ教会の足立幹夫師より、礼拝メッセージをしていただきました。

加藤郁生師は、柏原教会 の「秋の祝福キャンペーン」のご奉仕をされました。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
ヒゼキヤ王
みことば
列王記下19章15節
出席者数
11人(子どものみ集計)

午後より、卓球のレクリエーション が行われました。

夕拝は休会しました。

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2006年10月22日

特別伝道礼拝「あなたを愛する神」

10:30より、特別伝道礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネの第一の手紙4章7-10節
説教題
あなたを愛する神
説教者
唐木照雄師
出席者数
64人

聖書: ヨハネの第一の手紙4章7-10節 (中心聖句は9節) 口語訳

7
愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。
8
愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
9
神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
10
わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。

本日の主日礼拝は、八幡福音教会の唐木照雄師をお招きして、 特別伝道礼拝の形式で行われました。

また、神戸中央教会の亀井玲司兄(トロンボーン)と、 その伴奏をしてくださる石井智子姉(ピアノ)による賛美が行われました。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
ヒゼキヤ王
みことば
列王記下19章15節
出席者数
10人(子どものみ集計)

午後より、特別伝道集会「愛と喜びの集い」 が行われました。

午前中に引き続き、唐木照雄師によるメッセージと、 亀井玲司兄(トロンボーン)、石井智子姉(ピアノ) による賛美が行われました。

夕拝は休会しました。

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2006年10月15日

主日礼拝「喜びのおとずれを伝える声として」

10:30より、主日礼拝 が行われました。

聖書
ヨハネによる福音書4章1-30, 39-42節
説教題
喜びのおとずれを伝える声として
説教者
加藤郁生師
出席者数
64人

聖書: ヨハネによる福音書4章1-30節 (中心聖句は28節) 口語訳

1
イエスが、ヨハネよりも多く弟子をつくり、またバプテスマを授けておられるということを、パリサイ人たちが聞き、それを主が知られたとき、
2
(しかし、イエスみずからが、バプテスマをお授けになったのではなく、その弟子たちであった)
3
ユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。
4
しかし、イエスはサマリヤを通過しなければならなかった。
5
そこで、イエスはサマリヤのスカルという町においでになった。この町は、ヤコブがその子ヨセフに与えた土地の近くにあったが、
6
そこにヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れを覚えて、そのまま、この井戸のそばにすわっておられた。時は昼の十二時ごろであった。
7
ひとりのサマリヤの女が水をくみにきたので、イエスはこの女に、「水を飲ませて下さい」と言われた。
8
弟子たちは食物を買いに町に行っていたのである。
9
すると、サマリヤの女はイエスに言った、「あなたはユダヤ人でありながら、どうしてサマリヤの女のわたしに、飲ませてくれとおっしゃるのですか」。これは、ユダヤ人はサマリヤ人と交際していなかったからである。
10
イエスは答えて言われた、「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」。
11
女はイエスに言った、「主よ、あなたは、くむ物をお持ちにならず、その上、井戸は深いのです。その生ける水を、どこから手に入れるのですか。
12
あなたは、この井戸を下さったわたしたちの父ヤコブよりも、偉いかたなのですか。ヤコブ自身も飲み、その子らも、その家畜も、この井戸から飲んだのですが」。
13
イエスは女に答えて言われた、「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
14
しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。
15
女はイエスに言った、「主よ、わたしがかわくことがなく、また、ここにくみにこなくてもよいように、その水をわたしに下さい」。
16
イエスは女に言われた、「あなたの夫を呼びに行って、ここに連れてきなさい」。
17
女は答えて言った、「わたしには夫はありません」。イエスは女に言われた、「夫がないと言ったのは、もっともだ。
18
あなたには五人の夫があったが、今のはあなたの夫ではない。あなたの言葉のとおりである」。
19
女はイエスに言った、「主よ、わたしはあなたを預言者と見ます。
20
わたしたちの先祖は、この山で礼拝をしたのですが、あなたがたは礼拝すべき場所は、エルサレムにあると言っています」。
21
イエスは女に言われた、「女よ、わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが、この山でも、またエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る。
22
あなたがたは自分の知らないものを拝んでいるが、わたしたちは知っているかたを礼拝している。救はユダヤ人から来るからである。
23
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。
24
神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。
25
女はイエスに言った、「わたしは、キリストと呼ばれるメシヤがこられることを知っています。そのかたがこられたならば、わたしたちに、いっさいのことを知らせて下さるでしょう」。
26
イエスは女に言われた、「あなたと話をしているこのわたしが、それである」。
27
そのとき、弟子たちが帰って来て、イエスがひとりの女と話しておられるのを見て不思議に思ったが、しかし、「何を求めておられますか」とも、「何を彼女と話しておられるのですか」とも、尋ねる者はひとりもなかった。
28
この女は水がめをそのままそこに置いて町に行き、人々に言った、
29
「わたしのしたことを何もかも、言いあてた人がいます。さあ、見にきてごらんなさい。もしかしたら、この人がキリストかも知れません」。
30
人々は町を出て、ぞくぞくとイエスのところへ行った。

「礼拝メッセージの要約」は、都合によりございません。

09:30より、教会学校 が行われました。

テーマ
ヨシャパテ王
みことば
歴代志下20章15節
出席者数
10人(子どものみ集計)

午後より、壮年会(クリスマス準備)、婦人会(愛餐会) が行われました。

19:00より、夕拝 が行われました。

出席者数
4人

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