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    <title>京都信愛教会: 礼拝へのインヴィティション</title>
    <link>http://shin-ai.net/articles/2006/01/01/service</link>
    <language>en-us</language>
    <ttl>40</ttl>
    <description>日本イエス・キリスト教団</description>
    <item>
      <title>礼拝へのインヴィティション</title>
      <description>&lt;p class='event_done'&gt;10:30より、&lt;strong&gt;元旦礼拝&lt;/strong&gt; が行われました。&lt;/p&gt;

&lt;dl class='service'&gt;
&lt;dt&gt;説教者&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;加藤郁生師&lt;/dd&gt;&lt;dt&gt;聖書&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;マタイによる福音書5章1-16節&lt;/dd&gt;&lt;dt&gt;説教題&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;礼拝へのインヴィティション&lt;/dd&gt;&lt;dt&gt;出席者数&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;57人&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;

&lt;blockquote id='bible' class='bible'&gt;
&lt;h4&gt;聖書: &lt;cite title='聖書(口語訳)'&gt;マタイによる福音書5章1-16節&lt;/cite&gt; (中心聖句は&lt;a href='#bible_5_3'&gt;&lt;em&gt;3&lt;/em&gt;&lt;/a&gt;節) 口語訳&lt;/h4&gt;
&lt;dl&gt;
&lt;dt id='bible_5_1'&gt;1&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_2'&gt;2&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われた。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_3'&gt;&lt;em&gt;3&lt;/em&gt;&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;&lt;em&gt;「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。&lt;/em&gt;&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_4'&gt;4&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_5'&gt;5&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_6'&gt;6&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_7'&gt;7&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_8'&gt;8&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_9'&gt;9&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_10'&gt;10&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_11'&gt;11&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_12'&gt;12&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_13'&gt;13&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_14'&gt;14&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_15'&gt;15&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。&lt;/dd&gt;
&lt;dt id='bible_5_16'&gt;16&lt;/dt&gt;&lt;dd&gt;そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。&lt;/dd&gt;
&lt;/dl&gt;&lt;/blockquote&gt;

&lt;p&gt;「こころの貧しい人たちは、さいわいである」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;“こころの貧しい人たち”とは誰でしょう？
それは、心へりくだってイエス様を求める者です。
イエス様は彼らを、両手を広げて招いてくださっています。
ゆえにかれらは「さいわい」なのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;わたしたちは、悲しみをいっぱい抱えて生きています。
それら悲しみも、イエス様の前に出ることでいやされます。
主はわたしたちの悲しみの涙を、ご自分のみ手をもってぬぐい取ってくださるお方だからです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;わたしたちが自分の義ではなく、神の義を求めるならば、
イエスさまのみもとこそ、わたしたちが行くべき場所です。
そこに十字架のゆるしがあり、神の義があるのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;イエス様は、わたしたちを礼拝に招いておられるのです。
わたたちも心貧しくして、主のみもとにいこいましょう。&lt;/p&gt;&lt;h3 class="ext_title"&gt;その他の集会・活動について&lt;/h3&gt;

&lt;p&gt;本日は、教会学校と夕拝は休会でした。&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Sun, 01 Jan 2006 10:30:00 +0900</pubDate>
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      <author>SK</author>
      <link>http://shin-ai.net/articles/2006/01/01/service</link>
      <category>主日礼拝</category>
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