礼拝メッセージ 「主にある新しい歩み」 コロサイ人への手紙2章4~7節
長谷川和雄師
Ⅰ.迷わされない生き方(4)・・・人を欺き過ちに導く、巧みな言葉に惑わされないようにと記しています。自己中心な者は、楽で得すること、世の慰めや誉れ、目に見えるもの(奇跡、あらゆる数や力など)を求めて選びます。正しい道を見極めましょう(エレミヤ6:16)。現代の教会に不健全な信仰が入り込んでいます。温故知新、かって伝えられた十字架の福音、救いの確信、自我の拓殺、聖霊の満たし、聖化の恵み、臨在信仰、内住のキリスト、これらに堅く立つ健全な信仰が、現代あまり語られなくなりました。虚偽を巧みに語る言葉に、騙されないようにしましょう。言葉と生活が一致し、日々、神の御前を歩む生活ができるために、表面上の信仰の歩みに惑わされず、真理の道を見極めて歩みましょう。
Ⅱ.秩序正しい生き方(5)・・・秩序・規律を守っていない教会、主の十字架は私の罪のためですと告白していながら、その恵みに生きていない教会が現実にあると、パウロは歎いています。少しでも、恵みの信仰に立っている人がいることを喜んでいますが、多くの人はそうではないのです。心から救い主を賛美していますか。神を畏れ、見上げる生活を送っていますか。救いの確信や救い主への信仰を失っていませんか。見せかけや強がりの信仰生活ではありませんか。パウロはこのひとつひとつを歎き、涙を流し、そのような人がキリストのもとへ立ち返り、キリストにあって生きるようにと祈りました。では、どうすればよいのでしょうか。
Ⅲ.キリストにある生き方(6~7)・・・秩序から外れ教会を乱す者が、主にあって神に喜ばれるために生きるには、どうすればよいのでしょうか。1)キリストにあって歩む。「イエスを受けいれたのだから」。自分に何か力があるとか、強がりをいうことではありません。主の十字架を仰がずに神の前に出ることができず、生きることはできません。だから、「彼にあって歩きなさい」。主を救い主として心にお迎えし、人生の主として受け入れたのだから、生活のど真ん中で、主に頼って生きることです。自分の正しさ、強さ、清さ、信仰深さ、忠実さ、成功、行いにたつのでなく、ただ主にお頼りし、主よ憐れんでください、助けてください、支えて下さいと、日々、祈りの祭壇を築き、十字架信仰に生きることです(ガラテヤ2:19-20)。2)キリストに根ざし、建てられる。主イエスにしっかりとつながることです(ヨハネ15:5)。「彼にあって建てられ」。岩の上に建てられた家の譬えのように(マタイ7:24-27)、日々、み言葉に生きる信仰の歩みを致しましょう。「教えられたように、信仰が確立されて」。み言葉の約束にしっかり立って信仰生活をするときに、祝福の基とされ、一切の必要が満たされるのです。3)キリストにあって感謝にあふれる。「あふれるばかり感謝しなさい」。感謝できるようなことを感謝するのではなく、どんなことでも、主にあって感謝しなさいとの命令です。受身や結果の感謝ではありません。私たちが自分の弱さを認めて、主を見上げてお頼りし、み言葉にかけて生きるなら、必ず、主の勝利が与えられます。「わたしが弱い時にこそ、わたしは強いからである」(Ⅱコリント12:10)。お互い弱い者です、励ましあって、み言葉に生きましょう。神は真実です。人に頼るのではなく、この方にお頼りして歩みましょう。
10/20 特別礼拝の様子 |
午後は、青年会(クリスマス準備)が行われました。
今週~来週の予定
■婦人祈祷会 火曜日(29日)10:30~
※29日は休会です
■聖書研究祈祷会 水曜日(30日)19:30~
聖書:マルコの福音書4章1~20節
題:神の国の奥義
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:261、324、361
■主日礼拝 来週日曜日(11月3日)10:30~
招詞:ヘブル書10章19~22節
交読文:50 イザヤ書53章
聖書:コロサイ書2章8~15節
題:十字架による全き勝利
説教者:長谷川和雄師
新聖歌:154、428、456